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東京地方裁判所 昭和59年(行ウ)28号 判決 1986年7月15日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、

(一) 八王子市道横山第三一五号線及び同横山第三一七号線(以下、合わせて「本件市道」という。)の各道路敷地と、訴外小倉吉五郎(以下「訴外小倉」という。)所有の同市狭間町一九六一番一三畑(現況宅地)二九四平方メートル(以下「小倉所有地」という。)との境界を確定する措置

(二) 右各道路敷地のうち、別紙図面のY4、Y5、Y6、Y7、Y8、Y9、Y10、Y11、Y12、ソ´、セ´、シ´、Y4の各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件土地部分」という。)につき、訴外小倉の不法占有を排除する措置

(三) 右各道路敷地につき、決壊した部分を改修する措置を怠る事実がいずれも違法であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告適格

原告らは肩書住所地に居住する八王子市住民である。

2  本件市道の管理者

(一) 本件市道の各道路敷地(小倉所有地に近接する部分。以下「本件道路敷地」という。)は、国有地であり、道路法施行法五条により八王子市が国から無償で貸付を受けたものとみなされている。

(二) 本件土地部分は本件市道の法面であり、道路の法面は道路本体又は少なくともその用に供する土地として、道路区域に含まれると解される。したがって、本件土地部分は、本件市道の各道路敷地の一部である。

(三) 被告は、本件土地部分を含む本件道路敷地の管理者である。

3  管理の懈怠

(一) 訴外小倉は、本件土地部分に切土又は盛土をして平面としたうえ、別紙図面のY4、Y5、Y6、セ´、シ´、Y4の各点を順次直線で結んだ範囲内の部分にコンクリートを流し、Y4、及びY5部分に約三四センチメートル角、高さ約八五センチメートルのコンクリート製門柱を、Y5、Y6、Y7、Y8、Y9を結ぶ線上にコンクリート擁壁及び鉄鋼製フェンスを、Y9、Y10、Y11、Y12、を結ぶ線上にコンクリート擁壁をそれぞれ設置して、本件土地部分を不法占有している。

(二) このため、本件市道第三一七号線については、路肩が別紙図面のエ、オを結ぶ線上にあるべきところ、決壊によりK1、K2、K3、K4、K5を結ぶ線まで後退して右市道の幅員が狭小となり、今後更に決壊部分が広くなって公衆の通行往来を阻外する危険が生じ、また、路盤の沈下によって地中に埋設されている上水道管及び下水道管を破壊する危険が生じた。

(三) 本件道路敷地は、小倉所有地との間の境界が不分明の状態にある。

(四) 被告は、右(一)の訴外小倉の不法占有を排除せず、右(二)の決壊部分を改修せず、右(三)の境界を確定する措置もとらず、右のような状態を放置している。

4  本件道路敷地の使用権の財産性

本件道路敷地の使用権は、次の理由により、地方自治法二三八条一項四号にいう「その他これらに準ずる権利」に該当する。

(一) 本件道路敷地の使用権は、契約に基づき成立したものではなく、道路法施行法五条に基づき成立したものである。しかも、道路を構成する敷地については私権を行使することができない(道路法四条)。従って、本件道路敷地の使用権は、民法上の使用借権のような弱い権利でなく、何人に対しても対世的に主張し得る強固な権利であって、むしろ物権的な権利であると解される。

(二) 道路は最も重要な社会資本のひとつであって、道路が十分に整備されているか否かは国民の経済活動の盛衰に大きな関係があり、これが活発になれば、地方自治体の事業税、消費税等の税収が増大する。

また、私有地の所有者に課せられる固定資産税及び都市計画税の課税標準額は、当該土地がいかなる道路に接しているかによって異なるから、道路の管理状況の良否は地方自治体の税収に直接影響する。現に本件市道第三一七号線に接する土地を所有する原告らは、被告に対し右市道の状況を明らかにして、各課税標準額の二割五分の減額を得た。

(三) 道路敷地の使用権は、これを独立して他に譲渡等の処分をすることができないから、交換価値を有しない。しかし、地方自治法二三八条一項四号が挙示する地役権も「要役地ヨリ分離シテ之ヲ譲渡シ又ハ他ノ権利ノ目的ト為スコトヲ得ス」(民法二八一条二項)とされ、独立して交換価値を有しない点において道路敷地の使用権と同様である。

(四) 前述のとおり、道路敷地の使用権の管理を怠ると地方自治体の税収入が減少するのであるから、道路敷地の管理者は、道路管理者が道路としての維持管理等の道路行政を十分に行い得る状況を作出しておかなければならない義務があるというべきである(地方財政法八条参照)。

また、各省各庁の長は国の普通財産の無償貸付を受けた公共団体の当該財産に対する管理が良好でないと認めるとき、直ちにその契約を解除しなければならないとされており、(国有財産法二二条三項)、地方公共団体は、社会資本としての道路を公共の用に供し続けるためには、道路敷地の良好な管理が必要とされるのである。

(五) このように、本件道路敷地の使用権は、地方公共団体の財産として管理する必要性が極めて高く、地方公共団体の財務及び住民監査制度の趣旨及び目的に照らし、地方自治法二三八条一項四号にいう「その他これらに準ずる権利」に含まれるというべきである。

5  違法な公金支出のおそれ

本件道路敷地の一部である本件土地部分は、前述したとおり、決壊部分が存し、その補修工事が必要な状況にあるが、公金の支出を伴う右補修工事は、本件道路敷地の管理が遺憾なく行われ、訴外小倉の不法占有が排除されていれば、必要とならなかったものである。したがって、本件は違法な公金の支出がなされることが相当の確実さをもって予測される場合に当たる。

6  前置手続

(一) 原告らは昭和五九年二月三日、八王子市監査委員に対し、本件の怠る事実につき監査を求めた。

(二) 八王子市監査委員らは同月二二日、右監査請求を却下し、その旨原告らに通知した。

よって原告らは請求の趣旨記載のとおり、各怠る事実の違法確認を求める。

二  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。

同(二)の事実は否認する。本件土地部分は国有地ではあるが、本件市道の道路敷地には含まれていない。八王子市は、本件土地部分につき、地方自治法二三七条一項に規定する財産を有するものではないから、本件訴えはいずれも不適法である。

同(三)の事実は否認する。なお、本件市道の道路管理者は、道路法一六条一項により八王子市である。

3  同3(一)の事実は不知。

同(二)の事実のうち、本件市道第三一七号線の路肩が別紙図面のエ、オを結ぶ線上にあるべきところ、K1乃至K5の各点を結ぶ線まで後退していることは認め、その余は否認する。

同(三)及び(四)の事実は否認する。小倉所有地と本件道路敷地との境界を確定する措置は既にされているから、請求の趣旨1(一)の訴えは却下されるべきである。

4  同4及び5の主張は争う。

5  同6(一)及び(二)の各事実は認める。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1(原告適格)、同2(一)(道路敷地の無償貸付)及び同6(前置手続)の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、訴外八王子市が国から無償貸付を受けた本件道路敷地の使用権が地方自治法二三八条一項四号の「その他これらに準ずる権利」に該当するとしてその財産性を主張する。

しかしながら、本件道路敷地の使用権は使用借権と解されるところ、同号が例示として掲げている「地上権、地役権、鉱業権」はいずれも用益物権又は用益物権とみなされるものであって、そこに債権は掲げられていないから、同号にいう「その他これらに準ずる権利」とは用益物権又は用益物権的性格を有する権利に限定されるものと解するのが相当であり、使用借権がこれに含まれないことは明らかである。

付言すれば、同法二三七条一項、二四〇条一項によると、債権については、そのうち金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利のみを同法上の「財産」として取り扱うものとしているのであるから、使用借権のような債権はこの点でも同法上の「財産」ではない。

この点につき、原告らは、右使用借権が道路法施行法五条に基づき成立したこと、また道路を構成する敷地について私権を行使することができないことを根拠として、右使用借権が物権的権利であると主張するが、使用借権がその成立原因如何によって法的性格を左右されるとはいえないし、また私権を有する者の権利行使が道路法四条によって一部制約されるからといって使用借権がそれだけで用益物権的性格を帯びることとなるものではない。

更に、原告らは、道路が重要な社会資本であって、管理の必要性が高いから、住民監査制度の趣旨、目的等に照らし、道路敷地についての使用借権は地方自治法二三八条一項四号にいう「その他これらに準ずる権利」に含まれるものとすべきである旨主張するが、右見解は立法論としてはともかく、解釈論としては到底採用することができない。

そうすると、原告らの主張する本件道路敷地の使用権は、住民監査請求及び住民訴訟の対象となる「財産」に当たらないものというほかはない。

三  なお、原告らは、本件市道について違法な公金の支出が相当の確実さをもって予測される旨主張するが、もしそうであるならば、これに対する救済は当該行為の差止めの請求によるべきであるところ、そもそも原告らは、本件道路敷地の使用権について管理上の不作為の違法の確認を訴求しているに過ぎないから、右主張は本件訴えの適法性を支えるものとはいえない。

四  以上によれば、地方自治法二四二条の二第一項三号に基づく原告らの本件訴えは、同号に当たらない不適法なものというべきであるから、その余の争点について判断するまでもなく、却下を免れない。

よって、本件訴えをいずれも却下し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙(省略)

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